さあ、呼吸を始めよう。
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野狐禅が解散したという。
あんまりしみったれたことは書きたくないけれど、もしぼくがいつか自分史を作るときには、2002年あたりにでっかく太字で『野狐禅と出逢う』と書くだろう。なんなら赤ペンで線を引いてもいい。とにかくそれくらい大きな存在だったわけで。あの日、つまり高校二年の十一月の雨の夜、ラジオから流れてきた野狐禅。あの日、あの夜、あの歌が流れていなかったら、今のぼくはどうなっていたかわかりゃしない。次の日の放課後、ぼくは駅前のCDショップに走った。本当は、朝学校なんか行かずに買いに行きたかった。
心残りは一度もライブに行けなかったこと。この前の全国ツアーに行こうかどうか迷った挙句結局いかなくて、次のツアーには参加しようと思っていたのだけど。いつかまた二人でライブをする時があれば、必ず行こう。絶対に。
出会えたことが尊い、そう歌ったのは野狐禅で、確かにあなたたちとの出会いは、ぼくにとってとてもとてもかけがえのない尊いものです。ありがとう、野狐禅。
いつしか僕らは羽ばたかなくなって 足跡はその色合いを変えてきて
情熱はひとつの旅の終わりを告げるけど
それでもくすぶり続けている この想いを僕らは何と呼べばいいんだろう?
その先に一体何があるのか 僕にはそれはわからないが
進む道は そこしかない
進む道は そこにしかない
(野狐禅/ローアンドロー)
残ったものは くたびれた約束と
ゆがんだ足跡と いつかのあの歌
(野狐禅/じゅうじか)
いつまでも振り返ってはいられないと踵を返してみたものの
向かう道にのしかかる混沌は やっぱり僕を苛みそうで
それでも ここまでこうして ずっと踏みしてきた道だ
ここにもきっと 黒い足跡を撒き散らしてゆくのだろう
(野狐禅/約束)
涙があふれて 涙がこぼれ落ちそうになって ガムテープで顔面をぐるぐるにする
涙は感情の墓場だぜ ガムテープで顔面をぐるぐるにする
(野狐禅/ぐるぐる)
僕のこの両手は神に祈るためでなく 人生を這いずりまわるためにあるんだ
たとえそれが惨めな姿であったとしても
その答えと出会うために ずっと夜をにらみつけていたんだ
(野狐禅/初恋)
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何でもいいから、生き物を飼いたい。
犬か、猫か、ハムスターか、リスか、亀かそのあたりの生き物を。
出来れば四つ足で、懐いてくれる生き物がいいなあ。
こんな気持ちになるのは、たぶん小四のとき以来のことだ。
あのときは、2ヶ月分の小遣いをはたいてミドリガメを買ったのだった。
そして、自分なりには頑張って世話をしたのだけど、亀を飼い始めてからたぶん1ヶ月か2ヶ月ぐらいだったある日のこと、それは起こった。
よく晴れた気持ちのいい日だった。
ぼくは水槽を洗おうと、まず亀を洗面器に出しておいた。
その洗面器は玄関の階段部分に置いたことをよく覚えている。
ぼくは自分のことを、亀のために大事な日曜日の昼間を割いている偉い飼い主だとニヤニヤしながら、水槽を掃除した。
水槽の内側から漂う生臭さが気持ち悪かったけれど、可愛い亀のためだと思うと頑張れた。
時折、洗面器を見るといつも亀が脱走しようとしていた。
その都度ぼくは洗面器の中央に亀を引きずり戻した。
水槽の次は砂利と石を洗った。
こっちも臭かったが、砂利の擦れるジャリジャリという音が耳に心地良かった。
これなら何時間でも洗っていられると思ったことを覚えている。
そのあとは水槽の中のレイアウトを考えるのが常だった。
どうしたら亀は狭い水槽の中で元気に生きていけるのか。
石をあっちに置きこっちに置き、ひとつがいいふたつがいい、横に置こう縦に置こうなど、ああだこうだ一人でいいながら、考えた。
そのとき、どこからか水が飛んできた。
飛んできたなんて量ではなかった。
ホースから勢いよく飛び出した水は、放物線を描いてぼくに向かってきた。
兄だった。
兄がホースを持ち、ぼくに水をかける。
ぼくは逃げ惑った。
父の車の陰に隠れてみたり、庭だけでなく前の道路まで出て水を避けようとした。
最初は楽しかったが、だんだん一方的に水をかけられるのに腹が立ち、濡れるのを覚悟で蛇口を閉めに突撃し、その遊びは終わった。
最後は腹が立ったけれど、水は冷たくて気持ちがよかった。
しかしそのせいでぼくは忘れていた。
亀が逃げだそうとしていたことを。
急いで洗面器を見るが、亀はもういなかった。
痕跡も残さず綺麗にいない。
その後二時間ほど家の周りを探したが結局見つからなかった。
当然ぼくは泣いた。
小さなぼくのトラウマの物語。
犬か、猫か、ハムスターか、リスか、亀かそのあたりの生き物を。
出来れば四つ足で、懐いてくれる生き物がいいなあ。
こんな気持ちになるのは、たぶん小四のとき以来のことだ。
あのときは、2ヶ月分の小遣いをはたいてミドリガメを買ったのだった。
そして、自分なりには頑張って世話をしたのだけど、亀を飼い始めてからたぶん1ヶ月か2ヶ月ぐらいだったある日のこと、それは起こった。
よく晴れた気持ちのいい日だった。
ぼくは水槽を洗おうと、まず亀を洗面器に出しておいた。
その洗面器は玄関の階段部分に置いたことをよく覚えている。
ぼくは自分のことを、亀のために大事な日曜日の昼間を割いている偉い飼い主だとニヤニヤしながら、水槽を掃除した。
水槽の内側から漂う生臭さが気持ち悪かったけれど、可愛い亀のためだと思うと頑張れた。
時折、洗面器を見るといつも亀が脱走しようとしていた。
その都度ぼくは洗面器の中央に亀を引きずり戻した。
水槽の次は砂利と石を洗った。
こっちも臭かったが、砂利の擦れるジャリジャリという音が耳に心地良かった。
これなら何時間でも洗っていられると思ったことを覚えている。
そのあとは水槽の中のレイアウトを考えるのが常だった。
どうしたら亀は狭い水槽の中で元気に生きていけるのか。
石をあっちに置きこっちに置き、ひとつがいいふたつがいい、横に置こう縦に置こうなど、ああだこうだ一人でいいながら、考えた。
そのとき、どこからか水が飛んできた。
飛んできたなんて量ではなかった。
ホースから勢いよく飛び出した水は、放物線を描いてぼくに向かってきた。
兄だった。
兄がホースを持ち、ぼくに水をかける。
ぼくは逃げ惑った。
父の車の陰に隠れてみたり、庭だけでなく前の道路まで出て水を避けようとした。
最初は楽しかったが、だんだん一方的に水をかけられるのに腹が立ち、濡れるのを覚悟で蛇口を閉めに突撃し、その遊びは終わった。
最後は腹が立ったけれど、水は冷たくて気持ちがよかった。
しかしそのせいでぼくは忘れていた。
亀が逃げだそうとしていたことを。
急いで洗面器を見るが、亀はもういなかった。
痕跡も残さず綺麗にいない。
その後二時間ほど家の周りを探したが結局見つからなかった。
当然ぼくは泣いた。
小さなぼくのトラウマの物語。
とうとうやってくるらしい。この国を支配しているのは空気だから充分に注意しなければならない。いつだって事は起きるだろう。もうすでにパンデミック前夜なのだろう。
夜はいつもとおんなじで、ただ咳だけが響く。
夜はいつもとおんなじで、ただ咳だけが響く。